私たちの研究室は、今年の１月に開かれたワークショップで、日本でかつて大量に使われた水田除草剤、PCPとCNPにダイオキシン類の2378体（注１）が、含まれていたと発表した。しかも、それらの毒性換算量（TEQ）は、総量でベトナムで散布された枯葉剤の量を超え、わが国で都市ごみ焼却炉から排出されていると推定される量と比較して10倍程度高いという推定を出した。この結果は、都市ごみ焼却炉だけを目の敵にしたような論調や行政の政策の変更を求める、歴史的な研究だと自負している。
　しかし、と言うべきか、だからと言うべきか分からないが、朝日新聞を除くジャーナリスムは、これを完全に無視し、相変らずベトナムの写真を流し、焼却炉だけおいかけている。表面での無視とは裏腹に、水面下で我々の研究グループにかけられている圧力と誹謗中傷、直接的な脅しは、背筋が寒くなるほど厳しい。これについては、もう少し事情を調べてから、また書くとして、ここでは、ダイオキシンを長く研究してこられたA教授が、ジャーナリストに語った、我々に対する非難を紹介し、それに対する私の考えを書きたい。
　A教授は、１時間にわたって我々の研究を非難し、「あれは科学ではない、でたらめだ、科学以前の人間性の問題だ」と断じたとのことである。と言っても、これは私が直接聞いた訳ではない。聞かされた人からの伝聞である。だから、少しニュアンスが違っているかもしれない。その意味では、virtual　worldのA教授とした方がいいだろう。

Ａ教授の主張

１． 我々も何回もCNPを調べたが、2378体は一度も検出されていない。あんな結果が信用できるか？人騒がせである。
２． コンタミである。農家の物置にあった古いものがどうして信用できるか？実験管理が悪いにすぎない。
３． 反応工程から考えて、2378体ができる筈がない。
４． ８塩素化物ができるなんて、常識以前の問題である。

中西の意見

１． （CNPに2378体はない）について

　Ａ教授は、何年製造のCNP含有農薬を調べたのか、その検出限界はどの程度か教えてほしい。我々の今回の結果でも、1984年以後の製造（と推定される）のCNP中のDXN（ダイオキシン類、TEQで表示）は、５ppb以下である。高いのは、それ以前の農薬である。
　ここで、思い出すのだが、私は１９７１年、東京都の浮間下水処理場から、水銀が毎日８８kg、鉛が１３７０kg、隅田川に放流されている事実を発表した時のことである。そのことが報道された新聞で、東京都下水道局は、「水銀は流入水も放流水もゼロ」「水銀は分析が難しいから」測定値は信用できないというコメントを出した。そして、関係者に、中西のデータは信用できないという大キャンペーンを展開した。我々の測定結果は、放流水中の水銀が0.52ppmで、それに水量をかけると、８８kgになるのだった。東京都下水道局の主張にも拘わらず、浮間下水処理場は、1973年廃止になった。後で分かったことだが、東京都下水道局の測定結果は、０．４９ppmであったが、彼らは、０．５ppm以下をゼロとすると決めていたのだった。それでも、最初のキャンペーンでは、データがちがうと言って反論するのである。
Ａ教授だけでなく、今回多くの方が反論を展開しているが、不思議と、ＣＮＰのことだけである。TEQの量としては、ＰＣＰの方が大きい。しかも、わが国では、今まで、ＰＣＰについてもＣＮＰについても、2378体がないという報告はあるが、2378体があるという報告はいままでに一つもない。ＰＣＰだけ考えても、農薬中のDXNはもちろん問題である。にも拘わらず、全く報告がない。何故だろう？しかも、今回もＰＣＰについては反論もない。外国で測定例があるからだろうか？
　PCPについては、外国で５の測定例があり、今回我々の測定数４を合わせ、９の測定データを用いて、我々は推定した。今回の４つの値は、外国で発表されている５つの測定結果の範囲に入る。
　もし、CNPの測定がおかしいというなら、何故、PCPもおかしいと言わないのだろう？コンタミがあるとすれば、同じである筈だ。
　それから、我々の測定数が少ないともＡ教授は言っているようだ。しかし、今まで、世界中で議論されているPCPも５測定例しかない。そのデータで、どこでも推定を行っている。これに、我々は４例を加えた。随分大きな貢献だし、他より精度が高くなっていると思うのだが、違うだろうか？
　CNPは、今まで公式に発表されているのが、２例、私信を加えて３例で、いずれもゼロ。今回の測定が、５例。これを用いて推定することが、それほどいけないことだろうか？
　「これは、代表値ではない。確率だ」とＡ教授は言ったそうだ。そのとおり。だから、私たちの示した値より高いこともあるし、低いこともある。ただ、測定値が他になければ、これを用いて推定するしかない。今まで、０という推定をしてきた。我々の推定にも不確かさはあるが、ゼロという推定よりは確かだということははっきりしている。

注１：2378の位置に塩素を有するダイオキシンとフランの17の異性体の総称。ダイオキシン類は210の異性体からなるが、この17種だけが有害とされている：正確には異性体とは言わないが、なじみのある言葉の方がいいと考えて、ここでは敢えて使う

２． （コンタミ説）について

　コンタミは、二つの点で言われている。一つは、農家の物置にあったものが信用できるかということ、もう一つは、実験過程でのコンタミである。後者は、どこにでもあるミスの一つだが、同時にこれだけの数を分析し、ひらきのある値が出ている。そして、ここで問題になるのは、低い値のサンプルではないから、それほど大きな問題にはならないと思う。
　最初の問題について考えよう。農家の物置においてあるものを探した。これが、我々のポイントである。つまり、古いものが問題だという発想である。だから、時間の経過で反応を受けることもあろう。紙袋に入っているのもあるから、空気は入るし、一定の湿気は入る。しかし、そういうことで、ダイオキシンが生成するだろうか？或いは、微量ながら、分解はするかもしれない。しかし、物置での放置で、濃度が高くなるなんて考えられない。もし、そういうことがあるなら、水田に散布されたDXNは、環境中で増えることもあるのだろうか？
　我々は、最終的に環境中の濃度を問題にしている。だから、環境中でおきるかもしれない類似の変化なら、保存中の農薬におきても構わないのである。しかし、DXNの性質から考えて、そのようなことがおきるとは考えにくい。
　コンタミは、通常それよりDXN濃度が高いものが近くにあることによって起きる。しかし、そんなものが身近にない。たとえ、農薬がふたもない容器に入れられて１０年も放置されても、DXNの濃度はそれほど高くはならない。DXNとは、濃度の高いものがない、不純物でしか存在しない物質なのである。それを、忘れて、コンタミという。もう少し考えてほしい。何が、ありうるコンタミの原因物質か？繰り返しになるが、低い値については、コンタミのことも慎重に考えた方がいい。しかし、高い値の方は、コンタミが原因とは考えにくい。
　もし、ＰＣＰとＣＮＰについて、今回我々が発表したような高い値がなかったとしよう。そうすると、水田の土壌中のDXNの濃度が高いことが説明できない。
　我々は、約590kgのDXNが日本の水田に散布されたと推定した。これを、日本中の水田に平均すると、水田の土壌１グラム当たり、70pgくらいになる。かなりの部分が流出しているから、現状では20?30pg/gと推定される。松山平野での測定値は、4.5?226pg/gであるという（Wakimoto）から、いい一致である。
　この総量は、ＰＣＰだけが原因だとしても説明できる。しかし、それでは、水田土壌中のDXNの異性体分布が説明できない。農薬中のDXNを否定して、水田土壌中のDXNの存在を、どう説明するのだろうか？水田が、最後の証明をしてくれるだろう。

３． （反応工程）について

　私は、この反論に驚いた。なぜなら、大学教授が、不純物ができないということを保証するほど、工場の工程や、原料の純度について、知っている筈がないからである。
　しかも、今回の不純物は、CNPについての最高値でも、TEQ総量で7.1ppmである。ひとつひとつの異性体では、さらに低い。そういう不純物が全くできないということを、どうして証明できるのだろうか？それが、不思議でならない。
たとえ、企業だとしても、そのような微量の不純物ができないと保証できるのだろうか？もし、CNPが反応工程から否定されるなら、PCP中のDXNは、企業は知っていてその工程や原料を採用したということだろうか？

４．（８塩素化物）について

　我々は、異性体組成を発表していない。

５．最後の感想

　このＡ教授の怒りを聞かされて、私は最初は、何を怒っているのか分からなかった。考えているうちに、この怒りは、憂鬱からきていると思うようになった。

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  昨年、カップラーメンからスチレンダイマーが溶出する、これは、環境ホルモンだから、使用をやめよという大キャンペーンが展開された。そのため、カップラーメンの売り上げが15％も落ちるという結果になったと言われている。
  これは、二つのことが契機になっている。一つは、環境庁が出した67の内分泌攪乱作用を有すると疑われる化学物質のリストの中に含まれていた（環境ホルモン戦略計画　SPEED’98）こと、もう一つは、カップラーメンの容器から、スチレンモノマーが溶出するという、横浜国立大学環境科学研究センター助手の花井さんの古い実験結果を基に、「スチレンダイマーも溶出する可能性がある」という花井さんのコメントをつけて（本人は、こういうコメントを出していない）、ある団体がマスコミに流したことである。このことについては、雑感（その10、1998.6.8）にも触れた。
  67物質のリストだが、この根拠がどうしても分からなくて困っていた。ところが、４月１日に横浜国立大学で行われた、電気化学会の特別講演で、横浜市立大学教授の井口泰泉さんが、その根拠を明らかにした。「67物質のリストは、WWF（世界自然保護基金）の報告書にあったものを、そのまま掲載した、だから、日本では全く使われていないものもある。今、私の友人達が、この根拠を調べている」との話だった。噂には聞いていたが、本当か！
  この67物質の中でも、ビスフェノールAや、ノニルフェノールについては、なにがしかの報告があるが、スチレンダイマーとスチレントリマーについては、全く報告がない。どうしてだろうか？不思議でならなかった。
  その根拠らしきものを、ある企業の方が持ってきてくれた。それは、米国の企業がTSCA（有害化学物質規制法）により、提出を義務づけられている、工場排水に関する検査結果である。Hercules（H社）とDow　Chemical（D社）の二社が、製造工程の排水を濃縮し、エストロゲン活性を調べたものである。
 Ｈ社では、F2L5250排水を食事に混ぜ、ratに与えて、子宮重量の増加の有無で、エストロゲン活性を調べた。他方、Ｄ社は、ポリスチレン製造工程からの凝縮物（PA　815-1）をratの腹膜内に注入し、膣開口日の短縮で、エストロゲン活性を調べた。どちらも、投与量が高いときに、影響が見られている。
 前者では、そのNOELは、13.3mg/kg of b.w./dayであった。そして、potencyは、DESの20000分の１であった。後者では、そのエストロゲン活性は、エストロンの1000分の１であった。
前者は、低分子量のポリスチレンとの記述があるが、その組成は明らかではない。後者では、分析値が示されていて、スチレンダイマーが13.35％、トリマーが69.5％である。
  ここで示されたエストロゲン活性（ポテンシー）は、どの程度か？
  まず、前者では、NOELが13.3mg/kgとなっているが、同じ試験法で、ノニルフェノールのNOELが、30mg/kg/dayという値と比較すればいい。同じ程度だということである。
  後者の試験法でのエストロンの結果が、今手元にない。in vitroのE-Screenの測定結果では、エストラジオール（女性ホルモン,E2と略す）に比べ、エストロンは100分の１であるから、やや無理をして、Ｄ社の結果の1000分の１を合わせると、10万分の１程度かなと思わせる。ノニルフェノールは、E2と比べて、10万分の３。ここでも、ノニルフェノールと近いことを推定させる結果である。
  ということは、それほど大きなエストロゲン活性ではない。スチレンダイマーは、まず溶出するかどうかもはっきりしなかった。その上に、エストロゲン活性も、それほど大きくない。もう少し冷静に議論したい。
環境庁は、あの67物質の表をいつ取り下げるのだろうか？早い方がいいように思う。

  大阪府能勢町の焼却場労働者92人の血液中DXN（ダイオキシン）類の濃度についての調査結果が、労働省から発表された。TEQで平均値は84pg/g(脂肪当たり)、最高値で805pg/gである。平均値で比較すると、通常の人のそれが25pg/gと言われているから、その３倍強か４倍弱である。通常の職業曝露は、環境曝露の100倍とか1000倍程度となることも多いから、その意味では、職業曝露と環境曝露との差が小さい。なぜ、差が小さいかと言えば、職業曝露とは別のルートの環境曝露（水系汚染からの魚介類への濃縮、牧草を介した酪農製品への濃縮など）があるからである。その意味で、汚染の高さから言えば、清掃工場や農薬散布者のリスクは、一般人のリスクより高いし、早急に手を打つべきだが（また、対策の効果も早めに表れる）、DXNの本質的な問題は、やはり、あらゆるところに存在し、蓄積し、人や生物に移行する「環境問題」にある。そこを、忘れてはならない。
  DXN汚染のリスク評価について、私がpaperを発表したのは、1998年１月のワークショップ（WS）である（この内容は、www.kan.ynu.ac.jp/~rmgで近日中にみることができるようになる）。その中で、DXNについての暴露集団として、一般人、焼却炉周辺居住者、魚介類多食者、胎児、乳児、労働者を列挙し、その時点では、最初の３集団のリスク評価を行った。
労働者としては、清掃工場や農薬製造工場の労働者とした（後で考えると、農業従事者も含むべきだったが、その時点では、考え及ばなかった）。そして、労働者の問題は、“beyond the scope of our study”（この研究の範囲外）とした。
私が、わざわざこのpaperで、このように書いたのは、ただデータが今ないからというだけでなく、環境問題と労働環境問題は、管理原則が違うから、別の論文で論じた方がいいという考え方からである。
  例えば、ベンゼンは、作業環境基準は10ppmであるが、我が国の環境基準は約１ppb（正確には３μｇ／立方米）である。濃度で言えば、１万倍違うが、曝露時間などを考慮すると、リスクとして2000倍違う。このベンゼンについての規制値がいいかどうかは別として、この両者が共存しているのは、管理原則がちがうからである。そして、基準値は、決して安全レベルで決まっているのではなく、リスク・ベネフィットのかねあいで決まっているからである。
  清掃工場の労働者のDXN問題は、早急な調査と対策が望まれる。しかし、まず、それは環境問題とは、別の問題が多いという認識をもつことが重要である。そして、環境対策とは別の対策が必要で、環境対策の中に埋没させては、労働環境の問題を遅らせてしまうことに注意が必要である。
  もう一つ重要なことは、他の化学物質の影響である。労働省の発表では、DXN濃度と免疫機能低下との間に相関が見られるという内容があった。清掃工場の労働者で、DXNの高曝露者は、他の化学物質にも同様に高曝露されていると考えるのが自然である。それらの中には、臭素系のDXN類似物質、多環芳香族化合物（ベンツピレンなど）、クロロベンゼンなどの有機塩素化合物、それに水銀や鉛などである。これらは、発がん性か免疫系の毒性をもっている。だから、たとえ、血液中DXN濃度とがん、或いは、免疫力低下との関連性が見つかったとしても、それがDXNが原因だという証拠にならない。そういう場合に、DXNが原因だと思いこむと、労働者のリスクを減らせないので注意が必要である。防護服を着る、粉塵が飛散しないようにするなどという対策は、どの物質に対しても有効なので問題ないが、例えば、ある種のfilterをつける、溶融炉を導入するなどは、DXNのリスクは減少するが、水銀や鉛のリスクは大きくなる懼れがある。気をつけてほしい。
ダイオキシンの危険性は、大げさに言えば言うほどいいんだ、というような考え方が蔓延しているが、それでは、リスクの総体を削減することはできない。
　
  今回の発表で、2378TCDDと総DXNのTEQ値（毒性換算値）とを区別して論じているのは、評価できる。しかし、よく見ると、今回の結果では、全DXNに占める2378TCDD（以下TCDDと略す）の比率が非常に低い。最も曝露されていると思われる群（n=15）では、TCDDの平均値が8.6pg/g（脂肪）で、全DXNに占める割合が、３％弱である。今まで、こういう結果を見たことがない。通常８-20％位である。その原因は別として、そういう対象群なのに、TCDDだけを使って、論旨を進めている印象が強い。もちろん、全DXNの値で論ずるだけのdataがないことは認める。そして、くつかの仮定をおいて、全DXNを使った評価をしても、結論が変わらないであろうことも推定できる。TEQへの目配りがあることを、明示してほしかった。やや、特殊な異性体分布をしているから、なおさらそのように感ずる。
　
  今回の結果を労働省はよく公表したと思う。２,３年前に比べ、情報公開が進んでいることを痛感し、この点は高く評価したい。

  中国で、住血吸虫を対策として、PCP（ペンタクロロフェノール）が、1972、1973年、1978年に、大量に散布されたという。そのPCPの中に、DXNの不純物が含まれていた。散布域の居住者の母乳中、散布者の血液中DXN（TEQ）の測定結果が報告されている。散布者のDXNは、14.9pg/g（fat）で、対照者は、4.8である。
 

3-37.雑感（その37 - 1999.3.23）或る小さな農薬メーカーの悲鳴

  SDSバイオテック（以下SDS）という農薬メーカーの経営者の方が、深刻な面もちで大学に来られた。従業員200人弱の小さな農薬会社で、今は昭和電工の子会社だが、これまでには、いろんな化学会社の子会社を経験しているとのことだった。訪問の目的は、ダコニールという名の農薬（殺菌剤）のことだった。
  私たちの研究室は、農薬中の不純物であるDXN（ダイオキシン）が、歴史的に見れば、日本のDXN汚染の主要な要因であるという研究結果を発表してきた。そして、今年の１月のワークショップで、農薬中のDXNの量を分析し、発表した。その結果は、衝撃的なもので、過去に日本の水田に投入された除草剤PCPとCNPの中の不純物のDXNの量（TEQ）は、米軍がベトナム戦争で枯葉剤として撒いた量（TEQ）より、遙かに多いことを示していた（農家の物置を探せ！を、参照）。
ワークショップで発表された論文には、それ以外にもDXNを微量ながら不純物として含む農薬として、TPNとMCPのデータがあった。このTPNが、実は、ダコニールの原体なのである。これは、今でも使われている農薬だが、その不純物のDXNの量はあまりにも小さいので、何も論じなかったし、気にもしていなかった。
ところが、ダコニールがあたかも、所沢のお茶と関係しているかのような記事が、３月１日発売のAERAに掲載された。根拠は、ワークショップに出した益永教授の論文（この研究の最終責任者は、中西である）であった。
そして、AERA発売直後から、SDSには、「ダコニールは問題だ」という声が寄せられ、売れなくなる危険性が高くなってしまった。ダコニールは、30年前から作っている農薬で、今は、年700トンほど生産しているが、SDSの利益の半分以上が、この農薬の稼ぎだから、ダコニールが生産できなくなれば、会社はつぶれてしまう。「我々にとっては、死活問題。本当に、ダコニールは危険ですか？我々は、いろいろ試算しているけど、危険とは思えない。リスクは極めて小さいように思える。どうか、考えを聞かせて欲しい」ということで、丁度益永さんが、５月までの予定で渡米中なので、私が、話を伺った。
  SDSは、以下のように話している。
 "ダコニールは、日本だけでなく、米国、英国、ドイツ等でも認可されて使われている。米国EPAにもダイオキシン不純物に関するdataを提出しており、その上で認可されている。SDSの分析結果でも、極く微量のDXNは含まれているが、横国が今回出した濃度よりさらに低いし、EPAの基準値より、ずっと低い。
さらに精度を上げた分析を依頼中だが、たとえ我々（横国）の分析結果を認めるとしても、リスクは極めて小さい。そのリスク計算が妥当か否か見て欲しい"というものだった。
その算出経過は、合理的なもので、計算するまでもないのだが、TDI（耐容一日摂取量）などとは比較にはならないほど些細なものだった。
　分かりやすくするために、一番だけ簡単な数値を示そう。
TPNの全生産量700トンの中に含まれるDXNの量（TEQ）は全量で0.3グラムである。今、DXNの日本の年間排出量が、5000グラム程度かと言われているので、それと比較してほしい。そのリスクを論ずる必要もないほど小さいことが分かるだろう。
  ところが、DXNは悪い、どんなに少量でもやめるべきだという、リスクをわきまえない感情論が世間を覆っているから、生産をやめろという圧力が企業にかかり、まさにひとつの企業をつぶそうとしているわけである。
もちろん、ダコニールという農薬の主成分に問題があり、生産をやめなければならないなら、理解できる。また、DXNの不純物が、農業者に大きなリスクとなっていると推定する根拠がある、だから、禁止すべきというなら、理解できる。私は、ダコニールそのものがいいか、悪いか、或いは、それを使っている、農業現場で何がおきているかについては、知らない。
　不純物のDXNが農作物に移り、一般の人の健康に影響を与えるという理由で、また、我々の研究室のdataだけが原因で、ダコニールが生産中止になるのは、理不尽だと言っているのである。こういうことでは、研究結果も含めて情報公開はできなくなる。
　ここで、ダコニールを製造中止にしたら、何が起きるのだろうか？もちろん、別の農薬に替わるだけである。その農薬の方が、ダコニールより、環境や健康にいいという保証は何もない。ダコニールだって、基準値には適合しているのだから。
　DXNの毒性は強いが、それが通常の日本人に与えているリスクは、他のリスクと比較して、それほど大きくはない。今議論されているTDIも、他の物質には適用されていないような厳しさをDXNにのみ、求めているような面がある。当初は、DXNによりがんがおきる、奇形児が生まれるということが散々言われた。しかし、その主張の根拠は、実は薄弱だったこと、そして、それらのリスクは、極めて小さいものだということが分かってきた。今度は、内分泌攪乱性によって、神経系統や免疫能力に悪影響を与えることが問題と言われるようになってきた。それは、DXNの濃度によってはあるかもしれない。しかし、他の化学物質は、そこまで考えて規制していない。だから、今、議論されているDXNのTDIは、他の化学物質に比較して、特別に厳しいものである。
  何かを槍玉に挙げて、排除する。これが、いつも日本の環境対策である。きちんとリスクを算出して政策が採用されるのではなく、あくまでもムードだから、代替物のリスクより小さいかなど、検討もされない。要するに、ダイオキシンでなければいいというだけである。農薬の場合は、特に“何らかの毒性は必要”だから、代替物の方が、全体としてリスクが小さい保証はない。ダコニールが３０年も使われていることは、少なくとも、全体として問題の少ない農薬だということではないのだろうか？
昨年、環境ホルモンだということで、ビスフェノールＡや、スチレンダイマーが問題になった時に、これは、使い捨て思想の変形だなという思いをもった。何か問題があるという噂が広がる、やめてしまえとなる、新しい商品を求めるという連鎖だ。これまで使っていた製品を作るまでにどれだけエネルギーと知恵を使ったかを、考えず、とりあえず、新しい商品に乗り換える。別の意味の、使い捨てだ。それができるのは、いくらでも代替物があると考えるからである。
もう少し、ゆっくり考えてみよう。そして、環境問題は、ハザード管理ではなく、リスク管理が必要なんだということを、くりかえしだけど、訴えたい。
SDSの方の話を聞いていて、そのうしろに、従業員の人たちの悲鳴が聞こえるように思った。だから、これをホームページに書くことにした。

　
 

先週のAERAを笑ってやろう！の続報。３月21日（日）、TBS６チャンネル（午後１時より）、噂の東京マガジンで、AERAのあの記事が、中吊り大勝をとった。面白いことになってきた。
 

3-36.雑感（その36 - 1999.3.15）東京湾のカワウ
 

我々の研究室の首都圏のカワウについての調査結果が、３月12日の夜のNHKニュースで報道された。16日から開かれる日本水環境学会で発表する内容が、院生の友人を通してNHKに流れてしまった結果、早めに報道されることになった。

今回の結果は、博士課程２年の井関君の仕事である。14羽。結果は、図１に示す。横軸が脂肪１グラム当たりのDXN（ダイオキシン類濃度、I-TEQ、以下同じ）、縦軸が肝臓組織１g当たりのDXNの値である。最初はあまりにも高いので驚いたが、よく検討すると、東京湾および流入河川の河口部の魚を食べているとすれば、理解できる結果であったので、発表をした。

図１

　

14羽のうち、雛が１羽、幼鳥が10羽、成鳥が３羽である。捕獲・保護された場所は、不忍池が９羽、行徳４羽、狭山湖１羽である。最も高かったのは不忍池で屍体回収されたものだが、このニュースを聞いた政治家が、「あのあたりも危険か」みたいな発言をしていた（フジテレビ、14日、ニュース2001）が、不忍池で遊んでいるカワウも餌は、東京湾か多摩川河口の魚である。カワウの結果は、東京湾の魚の汚染状況を示しているのである。

この数字はすさまじい大きさだが、この結果から推察できる東京湾の魚中のダイオキシン濃度は、それほど高い訳ではない。もう少し、正確に言えば、これまで報道されている「沿岸域の魚」の分析値と余り変わらないが、多分、他の地区よりは高いというレベルである（＊１）。

まだ、不確実な部分があるが、この結果から、我々はカワウが食べている魚中のダイオキシン濃度は、平均で１pg/g程度と推定している。これは、内蔵を含む値だから、可食部だけなら、0.3pg/g程度と考えている。もし、これを人が１日100g食べると30pg、体重50kgだと、0.6pg/体重kg/dayとなり、平均的な日本人の魚からの摂取量と変わらない。

この計算には、いくつかの仮定が入っているので、この推定値（カワウと同じ魚を、人が１日100グラム食べたときのDXN摂取量の）は0.2から1.8pg/kg/dayの範囲と言った方がいいかもしれない。

では、この高濃度のDXNは、カワウにどういう影響を与えているのだろうか？この同じ検体で、カワウ臓器の異常などを調べている人がいるが、彼によれば、いくつかの異常は観察されている。しかし、その異常とDXN濃度との相関は、今のところよくないらしい。また、何よりも、カワウはいま、増えており、少なくとも生殖機能に負の影響を与えているとは思えない。

カワウが増えていること、したがって、DXNの生殖機能への影響をカワウで見るのは不適当だということは、この調査を始める前から分かっていた。しかし、あえて、我々はカワウを調査することにした。何故か？

我々は、DXNの生態系での挙動をいくつかの段階で調べている。プランクトン、魚、鳥などである。その一つが、今回の発表だということである。カワウについては、他の地区の検体も、すでに採取済みである。

できれば、鳥について、DXNなどに敏感な種を選びたいと考えていたが、いつかの理由でカワウになった。

一つは、検体が多数得られること（捕獲が可能であること）。今回の14検体というのは、こういう研究では、とびぬけて大きい数字だと思う。

他の地区でも存在するものであること。

定住性（留鳥）で、魚だけを食べること。

体が大きいこと。体が大きいことは、我々の研究では、非常に重要なことだった。なぜなら、我々の研究の目的は、ただ、鳥の体内のDXNの量を測ることではなく、内蔵にどのように分布されるかを見ることにあったからである。

最初は、今数を減らしつつある鳥を調査試料にすべかと思ったが、そのような鳥を、調査対象にすることは、無理な話であり、また、許されないと考えた。また、たとえ、減少しつつある鳥の中にDXNが検出されたとしても、それとDXNとの関係は、別の研究でしか確かめることができないので、カワウであっても同じだという判断をした。それであれば、体が大きいこと、沢山の試料が得られること、留鳥で魚だけを食べていることを重視して、カワウを選ぼうということになった。

数値の見方について、二つ気のついたことを書いておく。一つは、カワウの数値が大きく見えがちなことである。図１に示した値は、脂肪１グラム当たりのDXNのpg（ピコグラム）数である。しかし、カワウは脂肪分が少ないので、脂肪当たりで表示すると高い値になる。そこに気をつけよう。日本人の（平均と思われる値）と比較した結果を表１に示す。
 

　

第二は、この計算ではI-TEFという毒性換算係数を用いていることである。これは、人への毒性評価に使われる換算係数である。WHOは、鳥や魚への影響を推定するために、Birds-TEFとかFish-TEFを出している。Birds-TEFを使うと、毒性換算量は、図１の値の1.5倍程度になる。
　

この結果から、ふたつの全く異なる推測が成り立つ。

ひとつは、動物の種によって、これだけ臓器中のDXNの濃度がちがうものか、ということである。もう一つは、DXNの毒性は、カワウではさほど大きくはないのではなかろうかということである。もう少し、考えてみたい。
　

最後に、アエラ３月22日号を笑ってやろう。

ここに、「ダイオキシン汚染、魚の安全な食べ方」という記事がある。そして、「沿岸部に寄って来ないマグロやカツオ、サンマは、ほとんど心配ないでしょう」というコメントがある。絶対こういう記事がでるにちがいないと思って、雑感（その34、1999.3.1）「王様のブランチ」を書いたのだけど、やっぱり出ましたね。
 

（＊１）カワウ中のDXN濃度についての測定例：国内では存在しない。オランダの例では８検体の平均値が、この調査の２倍程度。