Ⅰ．ダイオキシンの流入の経年変化
宍道湖の底質のコア試料を採取し、1cmの厚さのdiscに切り分けた。鉛210とセシウム137を用いて、discの堆積年代を推定した。両者の分析の結果は、ほぼ一致した。ここでは、鉛の結果を用いた。
異性体分析をするため、PCDD/Fs（ダイオキシンとフラン：コプラナーPCBを含まず）の４塩化物から８塩化物の異性体を80以上分離定量した。
TEQ（毒性換算量）をpg/kg（乾燥重量当たり）の単位で計算した。TEQの算出のためには、WHO-TEF（1998）の換算係数を用いた。その経年変化を、図1に示した。また、１年当たりのTEQの増減を、図2に示した。
第１期：（少しづつ増える。終戦後）
まず、一番古いのが1947年、戦争が終わって2年後である。ここで、TEQが、3.02 pg/g。それから11年間の流入量の増加率は、0.20 TEQ/年で、増加率はプラスだが、小さい。
第２期：（急激な増加期。高度経済成長期：60年安保から公害国会まで）
1958年から1961年には増加率が急激に0.90 TEQ/年に増える。1959年、日本ではじめて石油コンビナートができる（四日市）。
つぎの1961年から1965年に流入量の増加率は、1.21 TEQ/年に跳ね上がる。さらに、1965年から1968年に1.43 TEQ/年に上がる。
つぎの1968年から1971年の間に、増加率は急激に0.27 TEQ/年に下がる。
PCPの生産は、1958年に始まり、最高値になるのが1963年、1971年にはゼロに近くなるが、このTEQの変動は、PCPの生産量とよく対応している。
第３期：（やや流入量は減少し、その後はほぼ一定：環境規制始まる）
つぎの1971年から1976年の期間に、TEQの流入量は減少する。最も大きな減少率を経験。
そして、1983年までの12年間ほぼ、同じ量のTEQが流入したと見られる。
第４期：（やや増加するが、基本的に一定：昭和から平成へ）
1987年、流入量は再び、やや増加し、その後流入量は少しづつ減少する。
このような変動はあるが、流入量（TEQ）は以下のようにまとめることができる。
① 終戦直後でも、現在の流入量の5分の1程度はあった。
② PCPの影響が見られる直前のレベルは、現在の流入量の2分の1程度であった。
③ 最も高い時の値は、現在の値の9割程度である。
Ⅱ．発生源は何か？（全量についての解析）
わが、研究室の得意技 ― 83異性体を分離定量して、主成分分析にかけ、さらに重回帰分析を行う ― を用いて、解析した結果が、図3 と図4 である。
3主成分が取り出された。PC-1、PC-2、PC-3である。その寄与の経年変化を、図3に示した。1960年代後半にPC-1が、1970年代の中頃にPC-2が、PC-3の寄与は、一貫して一定の寄与を示していることが分かる。
それぞれの主成分は、PC-1が除草剤PCP、PC-2が除草剤CNP、PC-3が大気沈着に同定できる。
PCP、CNP、大気沈着（ただし、関東で得られたデータ）についての異性体分布のデータを用いて、重回帰分析を行い、それぞれの寄与の経年変化を求めた結果が、図4である。
PCPの寄与が大きく、CNPが加わり、大気沈着がかなり長期に一定の比率で寄与しているのが分かる。PCPやCNPは、最盛期の量の８割程度は今も湖に流入している。
図５に、PCPやCNPの使用量の経年変化を示す。
図4の結果には腑に落ちない点もある。ＰCPの影響が1947年から現れており、経年的な減少速度も小さいことである。あるいは、他の影響がPCPの中に含まれているかもしれないという危惧はある。
大気沈着の寄与は、1970年頃大きく、その後やや減少しているように見える。
種々の誤差があるので、この小さな変化を問題にするのもどうかと思うが、1960～1970年頃の公害を経験した者として、「こういうことがありそうだ」という気はしている。大気沈着を直接、ごみ焼却だけに結びつけるのはいけないように思う。
Ⅲ．TEQに対する寄与
つぎに、毒性成分（TEQ）に対するそれぞれの寄与率の経年変化を、図６に示した。
ダイオキシン総量での比較に比べ、大気沈着の比率が上がり、相対的に、PCPやCNPの比率が下がっている。この結果は、東京湾の底質についての我々の解析結果と非常に似ている。
ただ、東京湾の場合は、未知成分というのがかなり大きかったのだが、宍道湖ではそれが、大気沈着分の中に含まれてしまっているような感じである。先に述べたように、関東地方の大気沈着の結果を、解析に用いているので、その点は、気になる。
東京湾の時と、違って今回は経年変化をとれた。それによって推察できることが二つある。
一つは、PCPの中に、大昔から存在している発生源が含まれていると思えること。もう一つは、大気沈着の中味が、これまで考えていたより、多様であろうということである。
今後、大気沈着の中味も、もう少し追ってみる必要がありそうである。
Ⅳ．最近の傾向
最近、異性体組成を見て、これは農薬だとか、或いは焼却だと言う人が多い。よく聞くと、ほとんど直観のような感じで言っている。これは間違いやすいと思う。
まず、17異性体だけの結果から、発生源が特定できるかどうか、我々もこれをやってはいるが、まだ、はっきりしない。
また、1368-TCDDと1379-TCDDが多いからCNPだという人も多い。しかし、この二つは、焼却炉からも出るし、大気沈着物にも多量に含まれている。だから、多いからという程度ではCNPの根拠にはならない。
そのことに気をつけよう。また、逆の行き過ぎがないように。